涸れ井戸のScope
水があれば井戸は覗き込む物である。
それをscopeとして使うならば、そこに反射する空を見ることになるだろう。
一方で、涸れ井戸をscopeとして使うのならば、井戸の底に立つ必要がある。
井戸の底に立った経験はないが、おそらく四角形に切り取られた空が見える事になる。
ここで大前提として、涸れ井戸のScopeという歌詞が使われているHello Wink!について。ハロウィンの時に作られた曲なのだから、その時間帯は夜と推測される。
夜に空を見上げれば何があるか?
言うまでもなく星空だ。
この段階で星空を見上げる存在とは?
Poppin'Partyは学年が上がり、後輩を持つことで、星を追うだけの存在ではなくなってきている。
それは無意識なのかもしれないが、かつて戸山香澄がGlitter*Greenを見た時のように、誰かの星空になってきている。
ではHello Wink!におけるその存在とは?
イベントストーリー、Poppin'ハロウィンパレードにて、自身の所属するバンドが実装すらされていないにも関わらず、登場した人物がいた。
幸いにもハロウィンなので、日付けが特定できる。朝日六花がLOCKになったのは、この日よりも後の話だ。
井戸の話に戻ろう。
前述の通り、井戸の中に入ったことはないが、井戸の横幅なんてたかが知れている。
それこそ、"立ちすくんで動けなくなる"程に狭いだろう。
何かと共通するところが多い戸山香澄と朝日六花。
涸れ井戸の中にいるのは誰なのだろう?
ここで古典的な知識を1つ。
"掛詞"と呼ばれるものがある。
和歌の修辞技巧の1つで、同音意義を利用し、1つの単語に複数の意味を含ませる技法である。
これを使う上で重要なのは、この修辞技巧が使われた場合、どちらの意味も含めて現代語訳しなければならない。
もう1つ、今度は英単語の知識。
英語の固有名詞として、カレイドスコープというものがある。日本語訳すると、"絶えず変化するもの"となる。
"涸れ井戸のScope"と"カレイドスコープ"。少々こじつけ感は否めないところではあるが、掛詞として考えてみる。
最初に述べた通り、井戸の底から星空を見上げる存在については、戸山香澄以外にも当てはめることができる。
そして"絶えず変化するもの"。
この2つを掛け合わせた意味をとると、"見上げる星空も見上げる人物も、絶えず変化している"というニュアンスが汲み取れる。
見上げる存在の変化。
SPACEでのGlitter*Greenのライブに、戸山香澄は自身の求めた星の鼓動を見出した(アニメBanG Dream!第1話「出会っちゃった」より)。
一方で、SPACEでのラストライブを見た朝日六花も、そこに星空を見出した(RAiSe!EP01ラストライブより)。
そして、見上げる星空も変化し続ける。
見上げるだけだった戸山香澄が、誰かに星空を見せたように。
朝日六花や倉田ましろのように、星になれる可能性を秘めた人物が現れた事も、その根拠となるだろうか。
イニシャルで示された、日常と非日常の混ざり合い。それはさながら六花とLOCKを隔てる壁を示すようで。
そして、Hello Wink!の持つ非日常の可能性。
これらを含めると、Hello Wink!はStep×Step!への伏線ともとれるのではないだろうか。